ジェンダーワイズ

Gender-wise 世の中のニュースやトピックをジェンダー視点から読み解く

枕営業は不倫ではなくビジネス、の仰天判決

 朝からびっくりしてしまった、このニュース。

 銀座のクラブママがお客である既婚男性と7年も性関係を持ち、男性の妻から精神的苦痛で慰謝料400万円を請求したが、東京地裁で棄却された。「何ら結婚生活の平和を害するものでなく、妻が不快に感じても不法行為にはならない」とのこと。

 判決によると、男性と女性は2005~12年、月に1、2回のペースで主に土曜日に、昼食をとった後、ホテルに行って夕方に別れることを繰り返した。この間、男性は同じ頻度で店に通っていたため、始関裁判官は「典型的な枕営業」と認定し、妻の請求を退けた。

 驚くことに、弁護側から「枕営業」という主張がされたわけでは全くない。裁判で妻側は「不倫だ」と訴え、女性側は性交渉の事実を否定、「双方とも主張していない枕営業の論点を裁判官が一方的に持ち出して判決を書いた。訴訟も当事者の意見を聞かず、わずか2回で打ち切られた。
 この裁判官は、始関正光。法曹界のエリートだそうだ。判決によると、

「売春婦が対価を得て妻のある客と性交渉しても、客の求めに商売として応じたに過ぎないと指摘。『何ら結婚生活の平和を害するものでなく、妻が不快に感じても不法行為にはならない』とした」

枕営業をする者が少なからずいることは公知の事実」「客が店に通って代金を支払う中から、間接的に枕営業の対価が支払われている」「(枕営業と売春は)対価の支払いが、直接か間接かの違いに過ぎない」

 結婚生活を破たんさせるものではないかもしれないが、少なくともこの妻にとっては、”平和を害されている”から、慰謝料請求したのであるが。


 この裁判官について、アヴァンセリーガルグループの山岸純弁護士に聞くと、

裁判官には、判決を書くだけでなく、民事訴訟法の改正を手伝うといった仕事もあります。始関裁判官はその担当を10年ほどやっていた方なんですよ。優秀だからこそ、このような判決理由を導き出せたのだと思います。もしかしたら妻の請求権を認めたくなかったために、このような理由を捻り出したのかもしれませんね。

 なるほど、確かに、裁判官の考えが色濃く出ているし、裁判官自身、枕営業やってもらってんじゃね?と邪推してしまう。

  女性を”素人と玄人”に区別する、と上野千鶴子氏も問題点を下記の通り指摘。

 そもそも上野氏は、配偶者の性生活を管理する権利があるとする結婚契約そのものに否定的ではあるものの、人権問題としてはこれは見逃せないという視点である。

  それにしても、性行為とクラブ活動に有り余るほどの対価を払える金持ちに都合のいい判決じゃああるまいか。貧乏人がセックスに対価を直接的に払わないと、不倫認定、なんじゃこれ?とならないか。お金で買っているか否かが基準となり、上野氏の言うように、女を素人と玄人に区別する(今後は男性=ホストもあるかも)
 極論では、性風俗に勤めていない人であっても、業種問わず、営業目的のための性行為が許容されていくことになりはしないか、いや、許容されなくても、賠償金は請求できなかったりして?!
 今後も不倫に対して「枕営業」と言う言葉が、ていのいい言い訳に使われていくではないかと色々危惧されている。現在、訴えられてる人、訴えている人、胸中は?
 しかし現実的には、社会通念上、認められがたいということだ。今朝のワイドショーで、ヒロミが、どうも判決には腑にに落ちないとし、ばれないように昼間っからやってたけどばれたからダサイよね、と、今夜の飲み屋でのネタになるとしめた。なるほど、ああそうか、決して、地位と名誉のある男性にとってもウェルカムなものとして受け入れられないのだなと思った。奥さんからは締め上げられて、社会的にも仕事を失う可能性もある。

 私としては「この2人の間に愛はあったのか、なかったのか」と、不毛な議論がいまのところ成されず、よかったと私は思う。愛があれば、じゃあ不倫認定、枕営業じゃないよ、と言う風には機械的には決められないから。多分、恋愛感情は少なからず、あったと思う。が、何より、この2人はセックスを愉しんでいたのは間違いない。感情は排除して、性行為と女性の職業いう事実のみに対してなされた判決ということだ。

 なんともいいいがたいニュースだが、今日のところは、ここまで

拝啓 土岐山協子様

 のっけから過激なタイトル?このところアクセス解析を見ると、なぜか、土岐山協子氏の名前で検索してくる方が急増中です。土岐山さんといえば、日本の乱れつつある食生活を直し、お出汁を取ろう、と素晴らしい推進活動をされてます。活動に直結する農業・漁業体験も本当に素敵です。しかし、前回の記事でも書きましたが、土岐山さんは女叩きの人。彼女のお出汁推進に至る動機に、女叩きが強く存在します。その女叩きに反感を持つ人が増えたのか、私のブログへわざわざ「土岐山 炎上」というキーワードで来訪されるようです。気が付いたら周りは敵ばかり?。なんともったいない、今からでも考えを改めてくださればと思います。なぜなら、私も、同じお出汁作りを多くの日本人にしてほしいと思う人間ですので。

 いくつか、私の考える視点から、土岐山協子氏に、ご意見申しあげます(自己発信にて)。

①ターゲットマーケティング
 おだしプロジェクトのターゲットマーケティングとは何でしょう。事業の目的は、一言で言えば「母親」にお出汁作りを推進することです。よって大きくは、母親がターゲット。但し、私のように出汁を取る母親は彼女から学ぶ必要は無く、ターゲットから外れます。もっと細かくは、料理の苦手な母親、新米主婦層がコアターゲットで、ロイヤルカスタマーになるでしょう。 
 では、喜ばせたい人は誰ですか?まさか、「おじさん」?謙虚な良妻賢母推進は旧態依然としたおじさんを喜ばす・・たちの悪いジョークでした(陳謝)。喜ばせる人はもちろんメインターゲットの母親ですよね。ポテンシャルが高い層です。彼女らを敵に回すのは得策ではない。
 土岐山さんは、一部の母親に対してかと思いますが、子供と向き合わず、添加物やカ化学調味料だらけの食事を与える親、または、無添加やオーガニックなどこだわるが、それが単に自己実現目的で、幼い子供がいるのに食のイベント開催のために子供を連れまわす母親を、しかも夫を一人残してけしからん、と言った批判をしています。お怒りはごもっともですが、これがあたかも主婦全般に対するメッセージのように映るのです。つまり、SNSやウェブでの意見を見る限り、彼女のターゲット層から反感を買い、事業体の入り口としてはあまり良くない事態になっているのです。まさか、謙虚で美しい女性だけを入り口でふるいにかけているのだ、ということは、食の伝道師として無いとは思いますが。
 子があろうとなかろうと、誰だって自己実現はしたい。幼いうちは我慢して、子供と一緒に家にいろ、と言われたら、あなたのお出汁教室(イベント)にだって参加をはばかれます。それでは顧客になりうる人達をたくさん失い、本当にやりたいお出汁の推進が出来なくなります。子供はたとえば参加者同士で面倒を見て助け合うとかはできないのか?保育士を雇う?サポートの中心役をどう買って出るか、昨今のママターゲットの事業は注力してます。または、夫が子守りをしてくれるというなら甘えて任せればいい。夫も肉親です。子育ては性を問わず実に楽しめるもの。つまり、おじさん達を敵に回しても、土岐山さんにはターゲットである母に顧客満足を与える必要があります。そうでないとお出汁教室は子育ての終わったおばさんばかりになってしまう。

※もし炎上マーケティング、説教マーケティングというニッチで革新的なものを目指しているなら話は別ですが。

 なお、大きなお世話ながら、私ならもっと顧客ターゲットを細かく分類化し、どこにポテンシャルがあるかを十分検証したいと思います。たとえば、婚活女性、共働き夫、オカマ(男装派)かもしれない(あくまで例)。

②データリサーチ

 データは、事業のコンセプトや推進内容に説得力を与えます。どんどん利用してほしいと思います。活動の動機になっている母親の問題について(ブロガーかさこの「好きを仕事に」ブログより)、土岐山さんはこうおっしゃいます。

 なぜ落ちこぼれの子供が生まれるのか。
その大きな原因は2つ。母親と料理が悪いということだ。
「素行の悪い子供の母親は必ずといっていいほど素行が悪い。
逆に優しい母親の家庭は優しい子供になる。
父親はあまり関係ない。母親が重要だ」

「落ちこぼれた子供のほとんどが食生活が乱れている。
問題のある子供は朝からカップラーメンを食べさせられたりしている。

 「落ちこぼれになる=母親が悪い=料理が悪い」と、仮設を立てるの大いに結構ですが、裏付けがないと納得しない層が必ず反論します。その三者の相関関係はデータ、または独自の調査でもいいので、数字で立証する必要がありますサンプル数は多めの方が定量調査としてはいいですが、サンプルの少ない定性調査もありです。(なお、「素行が悪い」「料理が悪い」というときは、どう悪いのか定義も明確にしたうえでの調査が必要です)。でないと、のちのち著名になられたときに、格好の突っ込みネタになります。

カスタマーサービス志向

 ここまでくると、ビジネスじゃなくてこれは社会活動なの、とおっしゃるかもしれませんが、事業体である限り、売上と利益は出さなければ維持できません。
 なんらかの活動をする以上は、顧客の意見には耳を傾ける姿勢を見せるべきです。全部取り入れる必要はありません。ゴミのような意見も多いでしょう。でも今後の活動に参考になる意見もあるでしょう。特にメインターゲットのホットな意見は今後に事業の成長に役立つもの。これがカスタマーサービスであり、企業であれば、フリーダイヤルやメールなど。何か意見があれば自分のブログで言え、というのは、趣味のブログの範疇であるならその主張もごもっともです。もちろん、アラシが多い昨今、すべてに対応は大変ですので、コメント欄の閉鎖も当然です。が、公の人であり、それで飯を食っている以上、「自分のブログで自己発信しろ」と、批判をする人をすべておかしい人のように扱うのは、むしが良すぎるというものです。

 以上、長くなりました。昨日からは「保田圭」での検索アクセスが増え、ちょっとほっとしつつ、上記につきまして何かありましたら、genderwiseといたしましては、遠慮く、忌憚のないご意見を頂戴したいと思います。

保田圭のしくじり先生ハマリ具合

 今日放送された「しくじり先生 俺みたいになるな!!」2時間スペシャル(5月25日19時~)、元・モーニング娘。保田圭の教壇には、多くの女性に衝撃と感動を与えたようだ。最後エンディングで、うるうる泣いている女性陣に対し、オードリー若林が、”これってまるで映画の「学校」みたい”発言をして爆笑を呼んだが、確かにそれくらいの先生と生徒の一体感を得たような空気だったように思う。

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 genderwiseな私としては、素直にいい話だ、と思う一方で、保田圭と生徒役女性タレントたちが、芸能人として体を張って行くことの様々な苦悩に思いをはせている部分には、傍ら痛しと感じる部分とがありますが、ともあれ、過去のしくじり先生の中でも上位にあがる位、いい内容であったことは間違いない。
 要約は以下がわかりやすい。動画も次々にアップされてるハズ。

 概して番組として何がよかったかと言うと、保田圭が彼女の言葉で語っていたこと。もちろん、シナリオは放送作家が書いており、うまく挿入した五七五など、彼女が考えたオチではないはず。が、両者がよく理解しあった上でのストーリーに違いない。保田圭は、台本を読みながらも、リアリティを持って語っており、緊張と覚悟を持って臨んだ様が視聴者に伝わって、まさにしくじり先生にぴったりハマる

  それにしても、彼女自身の卑下っぷりといったら、酷過ぎる。しかし、これは国民的アイドルグループに加入した悲劇なのだ、と言わんばかりに。確かに、一般人であるならば、普通にかわいくて、歌もダンスもうまくて、才能あふれる女性なのだ。しかし、このアイドルグループの中では、ビジュアル的にスーパーかわいくないと存在意義が無い。悲しいかな、早い段階で、彼女は自分がかわいくないことに気づいてしまったという。モー娘。の全PVで彼女の映し出されている時間がたったの3分45秒という悲劇、撮影は他メンバーがハワイロケでも、自分は麻布十番、挙句トーク番組で「おまえはしゃべるな」とマネージャーから言われる。じゃあ、個性を極めようとするが、他のメンバーがそれぞれ強いキャラと役割を確立していて、自分の立ち位置がない彼女は阻害感の中で家で涙する、どん底な毎日だったのだ。

 が、やがて、空回りしてきたアイドルとしての自分を捨てて、笑いの”オチ要員”キャラとして開花していく。うたばんなどで石橋や仲居くんにイジられていたのは、記憶に新しいが、とことんイジられてスポットライトを浴びるのが快感になったという。陳腐な成功秘話のようかもしれないが、前段の下げ具合から急成長してドラマチックなものを生んでしまう。が、それだけではない、モー娘。卒業後、婚活がことごとく失敗し、彼女は再びどん底を味わう。波乱万丈(なのか?)。オチ要員として女性を捨てたことは、ソロになってからも男性に受け入れられない状態が続いたのだ。しかし、それでも折れることなく、最終的には素敵な白馬の王子様が現れることになったのだ。自分を一番好きになってくれる男性に出会えたのだ。
 過剰なまでに女性性を捨てたがために合コンで失敗しながらも、結婚という究極目標に飽くなき立ち向かうところは、女性性が成せる技だ。なんとも両立しがたい行動でありながら、最後まで女というレールからは外れないんだな。しかし、これは必然で、女を捨てたアイドル人生から一転、結婚で女性性の承認を得たいと思うのは、彼女にとって重要な意味を持つ。
 いや、冷静に考えれば、保田さんにだって、普通に素敵な殿方は現れる予定だったでしょうに。しかし、いつも人生とはドラマ仕立てなのだ。

 ジェンダーワイズ的には何とも論評しがたい。全体的には、自分を「ブスキャラ」とまで言ってしまう自己分析に優れた元アイドルの自虐伝説で、ストーリー語りが過剰に自分の女性性を蔑んだがために自作自演な演出のようにも感じる。昨今は、自分の弱みをいかに暴露するかが強みでもあり、自分イジりというのが視聴者の共感を呼ぶようにも思う。しかし、今回の彼女の名言「どんなところにいても絶対に自分しかできないポジションはある」は、男女問わずして多いに勇気づけられたことは間違いない。この人生の教訓は、彼女が女性性を常に問われ、劣等感と闘ってきた上で成り立っているから、なおさら女性陣の涙を生んだ。
 しかししかし、保田圭の女の勝負はこれから。人生の究極目標は結婚ではなかったことに彼女はやがて気づき、大いなる自己実現に向かってさらなる飛躍にチャレンジしていくだろう。さあ第三章のスタート、どんな人生が待っているのでしょうか。

アイルランドの同性婚投票と、それに見る反応について

 アイルランド、同性婚めぐり世界初の国民投票 「賛成」多数の情勢

 カトリック教徒が多数を占めるアイルランドで22日、同性婚を認める憲法改正の是非を問う世界初の国民投票が行われ、23日に開票作業が行われた。現地メディアは同日中に予定される開票結果の発表を待たず、賛成票が反対票を大幅に上回っているとして、「同性婚が認められる方向」(アイリッシュ・タイムズ紙電子版)と報じた。

 何にしても同性婚が認められることはいいことだが、アイルランドと言う国は、宗教をベースとした性規範の厳しい国で、1995年まで離婚が禁止されていたのだ。また、堕胎も原則的に禁止。だから、物凄い革命的なことなのだ。アイルランドでこのような結果になったということは、今後も続々と認可される国が増えるのではないか。
 ちなみに現在、同性婚が認められている国はウキペディアによると下記の通り。
 同性結婚 - Wikipedia

 人権意識の高いヨーロッパではかなり普及してきている。
 では日本は・・、といえば、まだまだ道のりは長いのかと思う。渋谷区でパートナーシップ条例として、同性愛者に結婚相当の関係を公式に認める証明書を発行する、として話題になったけれども、あくまで、証明書を発行するだけであって、婚姻としての権利が認められるわけではない。相続権、税制の優遇などは受けられないし、家のローンを組む際の連帯保証人になれなかったり、保険の受取人になれなかったり、戸籍上の身内ではないということで、病院の集中治療室に入れなかったりする。いかに夫婦というものが優遇を受けてるかということだ。
 したがって、「結婚」という紙切れにこだわらなくたっていいでしょう、という意見もあるが、夫婦として認められないことで上記にあげたような不都合が色々あるので、婚姻は認められるべきである。

 同性愛者というのは、全世界どこの国においても、ある一定のシェアで存在するという。20%とも5%とも色々聞く。少なくとも、ゲイ、レズ問わず、私もこれまでの人生で知り合いで何人いるし、2丁目のゲイバーもよく行っているが実に乙女な可愛いゲイをたくさん見てきた。カミングアウトする人が増えてきた、ということ。
 よって、同性愛について許容する意見も多くなってきているように思う。上記のヤフー記事でもコメントが付いているが、おおむね許容している傾向。ただし、認めたくない、という人もいるし、自分の息子だったらショックである、という感情を持つ人もあるようだ。

 一つ、私が面白いな、という意見を見つけた。それは以下。

自分はあまり理解できないが、いろんな考え方、思考も有ろうから別に良いんじゃないかとは思う。
ただ必要以上に声高に叫んで、理解できない奴は遅れてるとか言うのはちょっと違う気がする。

  つまり「遅れている」「時代錯誤」と指摘されることに、嫌悪やストレスを感じるということだ。そういったコメントがいくつかあった。同性愛者に権利を与えること自体、正論なのは頭でわかっている。しかし、腑に落ちない感、何かが納得できておらず、ちょっと立ち止まっていることに対し、そばでガミガミ叫ばないでほしい、ということなのだろう。真っ向から反対しているわけではない。なぜなら理論武装しているわけでもない。言うなれば積極的反対ではないから、消極的反対に近いかもしれない。でも、遅れているとは思われたくない。グレーなので、ちょっとしたことで、反対に傾くかもしれないし、賛成に傾くかもしれない。
 なるほど、こういう嫌悪感や、言うなれば時代に取り残されてしまう恐怖感を持つ人がいるとは思っていなかった。目からうろこだ。

 いろいろな権利を求める活動をしていて、正しいことなのに説得できないことにやるせなさを感じている人も多いかと思う。しかし受け手にとっては、正論は時に抑圧的に働き、「遅れている」と思われては嫌だ、というプライドが思考の邪魔をする。いくら理路整然と正論を通そうとしても、「あんた遅れているね」と言ったとたんに反対派にまわってしまうかもしれない。それとも、遅れていると思われるのは恥だから、強迫観念を感じながら同調しようと思うかもしれない。まずは、嫌悪感や恐怖感を取り除きつつ、グレーな人達の同意をどうやって漕ぎつけたらいいのか、色々策を練っていかないといけないのかもしれない。

売れっ子プロデューサー男性の行く末

 自分はテレビはあまり見ない方だが、アメトーク、ロンハーだけは好きでよく見ている。どちらにも、お笑い芸人の自虐的なところや仲間に対するシニカルな攻撃性など、私のツボにハマる。そう、この両番組は、プロデューサー(加地倫三氏)が同じ人なので、共通した笑いのコンセプトがベースにあるのだ。

http://www.creativevillage.ne.jp/cafe/images/kaji/img01.jpg

 

加地 倫三はテレビ朝日総合編成局制作1部所属のゼネラルプロデューサー・演出家。神奈川県立港北高等学校、上智大学国語学部卒業。身長183cm。

 すらっとして背が高い。今は白髪頭になってしまったけれど、ちょっと若いころが、以前、私が付き合っていた人に似ていて、番組を見るたびに気になっていた。

 こういう有能でちょっとステキな感じのする男は、絶対不倫してる、遊んでいるんだろうなー、と、確信めいたものを持っていたけれど、本当に、今、不倫が原因で離婚騒動になっているというのだ。

 加地倫三が結婚17年目で嫁と離婚!不倫と枕の噂?年収は?年齢は?(芸スポ魂)

 やっぱりキタ~!っていう感じである。一体相手は誰なのか。

結婚したのは1998年。不倫が始まったのは2006年のこと・・・。
それから10年近く前から別居生活は続いているそうです。
気になるお相手というのが、実は同僚!!
テレビ朝日の30代後半女性プロデューサーと不倫しているというのです

 同僚だったのか。不謹慎ながら案外堅実、と思ってしまった。合コンなんかで知り合うようなチャラチャラした女性かと思っていたが、日々切磋琢磨している仕事現場でのスタッフ。自分のすべてを理解し、癒しあえるパートナーなのだろう。

 なんと、2度の離婚調停がうまくいかず、加地さんのほうから離婚裁判を起こしているというから驚きだ。何がって、あまりに直球勝負で、なりふり構わずではないか。私の紋切型な発想もよくないけれど、こういう売れっ子で地位も名声もある男は、もうちょっと小ずるくやっていて、表では家族円満を装いつつ、裏では二股、三股やってるんじゃないの、と思っていたからだ。

 さて奥さんの方も意地なのか、離婚は望んでいないようだ。だから、争って疲弊して世にさらして、そして多額の慰謝料を払ってまで別れなくてもいいように私は思ってしまう。言い方は悪いが、公認不倫を続けることだってできるのではないか。結婚が愛のカタチのすべてではない。もちろん、民法で「不貞」は許していないのだけれど。
 そもそも、不倫相手と結婚したいのか、それとも、今の夫婦関係を清算して、とりあえず当面独身で自由に行きたいのか?今の彼女の年齢的なところも考えると、ゴールの見えない付き合いから抜け出し、別のパートナーを見つけ、祝福されて結婚出産したほうがいいはずである。しかし、おそらく、加地さんとしては、自分がその女性と結婚することを前提に敢えて離婚裁判しているのだろうし、他の男と結婚されるのは猛烈に許せないのだろうな。

 なぜに結婚や離婚という紙切れにこだわるのか。仕事にも不倫にも猛進、こういうタイプは家庭に向かないよなあ、とつくづく思うが、ご本人は自己分析ができていない。祝福されてゴールインは難しい。再婚してしまえばまた別の人に走ろうとも容易にはいかない。テレ朝での安定した地位だって、いつまであるかもわからない。

 やっとこさ離婚がGOになったとしても、彼女も妻も家族もすべて失ってしまう可能性だってある。愛のカタチにこだわらないことで、最終的には、一番大切にしたいものを深めることだってできるかもしれないのに、と思う。

(追記)
本件に関する記事が一部のメディアで削除されてるようです。テレ朝は火消に躍起?魚拓とっておきます。
http://geisposoul.com/tamac/kazirinzou - 2015年5月20日 10:30 - ウェブ魚拓

加藤彩名さんの何がイケないの?

 

http://livedoor.4.blogimg.jp/hamusoku/imgs/0/7/071dde0f.jpg

 45歳の歳の差で加藤茶と結婚した加藤彩名さんへのバッシングもすごいが、それを払拭すべく、夫妻の愛があるんだぞアピールキャンペーンにも必死で、最近よく2人でテレビに出演している。

 5/11放送の「私の何がイケないの?」もそれ。詳細はこちら

ザ・ドリフターズ加藤茶(72)と綾菜夫人(27)が11日放送のTBS系「私の何がイケないの?SP」(月曜後7・00)に出演。「高カロリーの食事を与えて寿命を縮め、財産を狙っている」など、「45歳差婚」の2人の間に広がる噂の真相について説明した。

 このYahoo記事についているコメントを見ても、賛否両論。本人が幸せならいいじゃない、とあれば、やしきたかじんみたいに妻ががっつり財産握っちゃうぞ的危惧。他人の家のおカネのことなんてどうでもよいのに、人の愛のカタチに物申さずにはいられない。しかし、「早死」「財産狙い」という、ある意味2ch的揶揄に過ぎないことを公共の電波で彩名さん本人にぶつけるというのは、いくらなんでもやりすぎだし、彼女は間違ってなんかいないとぞ、と私は擁護したい。

  ①財産狙い
 番組では「財産狙いでないのか」とダイレクトに質問されていた彩名さん。こんな身も蓋もない問いに、それは違うと真顔で答える(しかない)。
 そもそも、財産狙いで何がイケないの?。「結婚=永久就職」ともてはやされた位、生活を共にしていくパートナーとして、なんらかの計算はしている人はごまんといる。女性が労働市場で生涯、安定収入を稼ぐにはまだまだ弱者なのだ。
 愛とか絆とか言ってる人達は、自分の夫を見てごらんなさい、そんなこと思えないでしょ。え、まだ未婚?なら、ピュアか、恋愛ドラマの見すぎのどちらかです。

 ②高カロリー食で早死にさせる
 死が間近に迫ったようなことを加藤茶を目の前にして言うなんて(呆)。とはいえ、そもそも加藤茶自身で食事をコントロールできないのが問題だから、彩名さんでなくて彼が悪い。大動脈解離にかかった知人が私には何人かいるが、食事制限ぷりは半端ない。しかし加藤茶は、結婚当初、妻の手料理が嬉しくて、嫌と言えなかったその優柔不断ぶり、自分への甘さは、逆に人間臭さが溢れるエエ人なのだ。だから、手料理写真満載の加藤茶ブログの読者はおせっかいなくらい親切だ。そんな食事じゃあかんって教えてあげて、今は低カロリー食に変わったのだから。 

 

 結局、世間一般の方々は、加藤茶に対し、オマエにはチビでジジイで、もはや男として魅力もねぇ!面の皮と財布の厚さで若い女を口説いただけといいたいだろうが、金があるのは男として超魅力的ではないか。

 もちろんそれが女性によっては、顔がいい、背が高い、セックスがうまい、高学歴だ、誠実だ、性格がいい、等、好みや条件が違うが、お金というのは、それらと同列に語るものであって、上でも下でもない。本来なら、金と顔、金と性格、とか二つぐらいいいところがあれば、もうちょっと好意的にみられるが。

 加藤茶の元奥様も20歳近く年が離れていて、これまでの女遊びの数々は若い女ばかりだったという。元奥様ももう齢50も超えて、年の差はあろうとも、もはや茶のターゲットから外れる。要は青臭い身体に魅力を感じるのだ。周りから「加トちゃん、若い子ゲットしたねえ、いいなあ、元気だなあ」って、(本心からでなく)ちやほやされて、自分がイケてて、Hもうまいし、と勘違いしてるかもしれない。

 ジェンダー視点では、このバッシングは加藤彩名さんへの批判に見えて、加藤茶に対するものではないかと思う。世の中はこんなに変わってきているのに、いまだ男は自分より年下の若い女性を好む。つやつやのお肌と、美貌がないと、どうにも太刀打ちできない理不尽感。女性に対する年齢差別。

 しかし、だからこそ逆手に取る生き方があったっていいわけで。ロマンチックラブにのせられていつまでも純愛の未来永劫を信じている方が相当ヤバイ。バカなオトコを手玉に取って、ニヤっと笑う。どこまでも消費し続ければいいのだ。

 彩名さんにはまだまだ、上手く渡り歩くほどの知恵は足りない感じはするけれども、加藤夫婦は、バッシングは有名税と思っているだろうし、ここに乗じて露出を増やし、タレントとしても、彩名さんのサイドビジネスも大きくして、と、したたかに考えているというものだ。視聴者は過剰に反応している場合ではない。

女叩き女への秀逸な考察

 あまり宣伝したくはないが、最近、おだしプロジェクトと言って少々有名になりつつある料理研究家(?)の土岐山協子氏の炎上状態について、秀逸な考察を見つけた。

 まず炎上するもととなった、記事「すげえ腹立つわ」はここ

 就学前の子どもがいる母親がイベントを開催したり、あまつさえ子どもを連れてイベントの為に家をあけて旦那さんを一人にするなど言語道断だと思います

 鼻息の荒さが半端ない。これに対し、反論のメールが殺到炎上したらしく、2ちゃんでの批判も続いている。妻の自己実現、何が悪い?。夫が留守番してくれるのだから。一体何者?
 そんな土岐山氏自身は夜は飲み屋で酒を飲み、化調まみれの餃子とラーメンも大好き、でも子持ち主婦には出汁を引いて、謙虚でしなやかでいろ、と思い切り上から目線。

 ただし何よりも、同性に対する土岐山氏の容赦ない口の悪さに目がいってしまっており、もうちょっとクールに考察しようというのが、柴田英里氏(現代美術作家、文筆家)によるコラムがこちら

 つまり主張としては、①夫婦ともに働くことは、夫からの収入が途絶えたときのリスクに備えること、②親は子供のために存在する人だけの人でなく一人の人間である。③女性・母親だけ断罪するのはおかしい、のであり、土岐山氏の言葉選びが汚いがために、いとも簡単に非難され、”女による女叩き叩き”の不毛感、内ゲバ感がある、としたうえで、

「愛情料理研究家」という肩書きを持つ人のミソジニー女性嫌悪)記事が炎上するのは確かに理にかなっているのですが、これを、「愛情料理研究論」としてではなく、「銀座クラブのママ」が、保守的でミソジニーの強いおじさん客に対するウケを狙ったセールストークと考えてみればしっくりきます。

 そう、この人は女性ではなくてオッサンだよな、とずっと私は腑に落ちない気持ちでいたが、ようやくモヤモヤした感覚が言語化されたのだ。”保守的で女性を蔑むおじさんに同調し迎合する、ホステスそのもの”。銀座のママと地域を特定するのは語弊はあるが、土岐山氏の特異な職歴から来た実に上手いまとめ方。

 本来的には、女性が、女性に対する現状を理解し、サポートする姿勢を見せれば、物書きとして大きな共感を呼ぶのでしょうが、最初から敵対していて、どうも自分のことを同じ”女性”とは思っていない口ぶり。
 おじさんを喜ばすセールストーク=「女は男と子供のために存在するのよ」で、土岐山氏はせっせと布教活動をしている。なら、なんで土岐山氏は母にならない?

 私が思うに、この人は、コンサバおじさん以上に物凄く強いミソジニーを持っているに違いない。なら、名誉男性になって、母親たちに出汁作りを説いていきたい。男性と名誉男性の前では、母は謙虚でしなやかに従えたまえと。

 日本人に本当の出汁の美味しさを知ってもらうためには、単に主婦相手ではなく、食のマーケット全体にかかわる事として、啓もうする相手や場所は、たとえば、老若男女、外食産業、料理メディア、学校給食等多岐にわたるはずである。なのに、ターゲットは主婦限定であり、おだしプロジェクトとしての浅さを禁じ得ない。

 ご本人もおっしゃる通り、子供のころに、母親から期待する愛情を受けられなかった辛い経験があった。もっと子を構ってあげなさい、と。そして、推測だが、成長し大人になってからも、子供をもつ専業主婦に対し、鬱屈したものを抱き続けることになる何かが起こり、旦那を構ってあげなさい、旦那一人留守番させるな、と。つまり、母という女性に抑圧され続けた歴史によるルサンチマンミソジニーかもしれない。

 しかも、主婦相手なら、自分の狭い自分の引き出し(=料理のバックグラウンド無し)でも、太刀打ちできると思ったのかもしれない。主婦はそんなに舐めたものではないのだが、大したタマである。